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「沖縄戦で沖縄人は勝手に死んだ」論、自爆! 第二の「百人斬り裁判」か(@∀@)

▼<沖縄集団自決訴訟>「軍の命令あった」と女性史研究者証言

第二次世界大戦中の沖縄戦で住民に集団自決を命じたと大江健三郎さんの「沖縄ノート」などに記され名誉を傷つけられたとして、旧日本軍の戦隊長らが大江さんと岩波書店に出版差し止めと計2000万円の損害賠償を求めた訴訟の口頭弁論が27日、大阪地裁であった。著書「母の遺したもの」(00年)で戦隊長による自決命令を否定した女性史研究家、宮城晴美さん(57)が出廷し「戦隊長が直接命令を出したかは不明だが、軍の命令や指示はあったと思う」と自らの認識に変化があったことを明かした。
>同書は座間味島での集団自決を体験した母の証言をまとめたもので、当時、村の助役が住民の「玉砕」を軍に申し出たと記載。今年3月の06年度教科書検定で旧日本軍の強制・命令の記述に検定意見が付される根拠の一つとされた。
>島民の証言を収集している宮城さんはこの記載について「いま考えれば検証不足」とし、今年6月に助役の妹から「兄は軍の命令で玉砕するよう言われていた」と新証言を得たことを明らかにした。その上で「住民は軍から日常的に、米軍が上陸すれば玉砕するよう訓示されたとの証言もあり、多くの住民も軍命があったと信じている」と語った。

・・・「沖縄人は勝手に死んだ」論者たちは、自分たちが証拠として採用した本の作者に否定されてしまった。
あげくに、当時の日本兵からこんな証言も飛び出し、さらにやぶへびに・・・

「命令主体は戦隊長」/裁判の核心著作 宮城さん証言
「集団自決」訴訟/助役妹証言「決定的」
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200707281300_01.html
>皆本義博さん/隊長動向知らぬ
>赤松戦隊長は、陸軍士官学校の卒業生としては珍しく温容な人。渡嘉敷島では村落に宿泊し、住民に心から歓迎してもらった。今も交流は続いている。
>赤松戦隊長から部隊が住民に対して自決の命令を出したとは一切聞いていないが、一九四五年三月二十六日から二十八日にかけての赤松戦隊長の動向については知らない。・・・
>知念朝睦さん/隊長の命令ない
>戦隊長から「集団自決」命令を受けたことはない。「集団自決」に軍として責任があるかということは、考えたこともない。
>「鉄の暴風」には地下壕の中で将校会議を開き、戦隊長が「非戦闘員をいさぎよく自決させなければいけない」と言ったと書かれているが、そのような事実はない。戦隊長は慈悲のある人だった。しかし、住民が捕虜になることは許さなかった。米軍から脱走してきた少年や伊江島の女性、大城教頭らの処刑は戦隊長の口頭の命令で行った。・・・

・・・すなわち、沖縄人が生き延びるために米軍の捕虜になろうとすれば大日本帝国軍により殺されたという証言。
これによって
あーあ、裁判になどしなければ、この手の事実も世に知られることはなかったのに・・・(@∀@)

百人斬り訴訟
http://jijitu.gaou.net/


▼映画『TOKKO/特攻』来日会見で62年越しの和解が実現!
>日系アメリカ人2世のリサ・モリモト監督によるドキュメンタリー映画TOKKO/特攻』の作中にも登場しており、特攻機の攻撃を受けて沈没した米駆逐艦度の乗務員だった元米兵2人が、7月27日(金)に都内で緊急来日記者会見を行った。戦後62年を経て、元特攻隊員との初対面も果たし、それぞれが当時の心境を明かした。
>1945年5月の沖縄戦特攻機の攻撃を受けて、沈没した米駆逐艦ドレックスラー号の乗務員だったユージーン・ブリックさんとフレッド・ミッチェルさんは「戦死した方々への追悼とカミカゼ(特攻隊)に敬意を表するため、そして元特攻隊員と話し合う事でお互い理解し合いたかった」、「痛んでいる心を癒して、心の中に終止符を打てるチャンスだと思った」と来日を決意した並々ならぬ想いを告白。
>ユージーンさんは「当時、船中の噂では飛行機から出られなくなっているとか、酔っ払って任務をしていたと聞いていた。でも、(特攻隊の人は)愛国心に掻き立てられていたと今は理解している。でも、何を思って死へと突き進んだのかが知りたい」と当時の特攻隊のイメージを語り、問いかけた。

・・・まー何かトッコーに幻想がある気もするが(@∀@)
東洋の神秘・ハラキリ・スシ・ゲイシャそしてカミカゼってか。
それにしてもTOKKOって英語で書かれると
厳粛さのカケラもなくなるのが興味深い。ヘイ!ヨー!TOKKO!!!メーン。

>それに対し元特攻隊員だった上島武雄さんは「任務遂行をするために飛んでいった。日本は負けるんだとわかっていましたが、与えられた任務を全うするため、そして家族や日本を守るために飛んでいった」と説明。「死というのは人間が生きている中で恐ろしい事。でも、当時は命令だったのでやらなければならなかった。毎日特攻の訓練をしていて死という感情がなくなっていたかと思う」と振り返り、「死にたくないと誰もが思っていたと思う」と特攻隊員の本当の素性を明かした。

・・・「物理的強制も薬物も使用せず、兵士に自殺攻撃を可能にさせるマインドコントロール・メソッド」として
「統率の外道」(大西滝治郎)たるTOKKOは人々の興味をかきたてずにはおかぬ。

▼戦術として見た特攻作戦
http://landinggear.hp.infoseek.co.jp/kamikaze/senjutu.htm
>まず特攻作戦というのは、そもそも出撃機全部が帰還できない。航空機、パイロットともに不足
している時に、攻撃自体が完全な損失になるのである。
これは日本側からすれば、続ければ続けるほど兵力を失い、退却を余儀なくされることを意味する
いかに米軍に損害を与えようが、成功や失敗に関わらず自軍の兵力は次々と減っていくのだ。
もちろんアメリカ側からすれば、特攻機が命中しようがしまいが、結果的には来襲した日本軍機を
「全機撃墜」したことになる。戦闘可能状態にある航空機がすべて未帰還となる。
>それは言わずとしれたことだが、やがては自滅に至る戦法なのである。これは勝つための戦法
ではなく、負けを前提とした上で単に時間稼ぎにしかならない戦法と言える。
出撃するパイロットはほとんど最後の勝利を信じて死んでいったが、一部の人間は日本の敗北に
気づいていた。死を前提とした攻撃は、もはや国民を守るはずの軍隊が国民を犠牲にしてまで
軍隊という組織そのものを温存しようとしていたことの証でもあるのだ。

「憲法9条で、アタマ悪い『対テロ戦争』をかしこくサボろう
「愛国心とか夢見てんじゃねーよw
 国家は国民を守らない。君の生活とか老後は特に。」
「日の丸・君が代とか強制してると国が滅びますよ!(@∀@) (例)大日本帝国」