・・・大体こういう内容だった。
日本独特の「世間」というものの力は近年はかなり弱まっていた。
束縛からの自由と言う意味で言えばそれはプラスの面もある。
しかし震災のような危機的な状況が生まれると、こんどは生き延びるために「世間」の力というものの助けを借りざるをえなくなる。
助けが得られる、という点ではいいのだが、こんどは「世間」というものの圧力によって自由な発想や行動ができにくくなる状況が生まれる。
たとえば福島県において原発を批判するようなことが難しくなってしまう・・・と。
この見解は、「この期に及んで原発推進知事が各地で当選」という事態の一部を説明してくれるものかもしれない。
また、「福島県の原発事故の影響区域から子どもたちや妊婦を逃がす」・・・といったことを実行するために、なにが障害になっているのかを教えてくれているような気がする。