・・・以下の文章は、作家・柳美里氏のブログに掲載されていたものだ。
(すでにネットの上に元ページは存在しない。)
▼今日も、いいお天気ですね。
http://www.yu-miri.com/mt
明け方、息子の泣き声で目が醒めた。「チョーセンジンじゃない! チョーセンジンじゃない! チョーセンジンじゃない!」
うなされている。
「どうしたの……だいじょうぶだよ……夢だよ……」
と背中を撫でながら、ショックだった。
わたしは、<チョーセンジン>という言葉を使ったことがない。
カレもだ。昨日から幼稚園がスタートした。
<おともだち>にイジメられたとしか考えられない。
5歳の<おともだち>が、<チョーセンジン>の意味を知っているはずがない。
GW中に、<おかあさん>が<おとうさん>や<おじいさん>や<おばあさん>に、
「柳さんってチョーセンジンなのよね。チョーセンジンってやぁね」と話しているのを聞いたのだろう。
そんな風に、差別意識は親から子へと伝達される。わたしが、最初に<チョーセンジン>と罵られたのも、たしか5歳のころだった。
今日は遠足。
朝、<チョーセンジン>について話し合う時間はなかった。さっき、母に電話した。
母は、「悔しいわねぇ」といって、嗚咽した。
5歳のときに日本に渡ってきた母も、いやというほど<チョーセンジン>と罵られてきたからだ。遠足から帰ってきたら、そうだな……いちばんリラックスするお風呂の時間に訊いてみよう。
日本と韓国、日本と北朝鮮は、友好的な関係を築いているとはいえない。
とりわけ北朝鮮とは、敵国とはいわないまでも、息子が成人するまでのあいだには、
さまざまな衝突が起こることが予想される。知らされていることは僅かなのに、知っていると思い込んでいる。
知らないことによって敵意は育てられる。
すくすく、すくすくと、大きな木に育つ。
いつしか森になっている。
どこまでも、どこまでもつづく敵意の森。
森から抜け出すのは難しい。お風呂のなかで、韓国と日本、北朝鮮と日本、韓国と北朝鮮の関係について、
話さなければならない。泣いている場合ではない。
at 2005年05月10日 11:34
・・・この文章は2ちゃんねるに転載された。
▼柳美里の息子がうなされる「チョーセンジンじゃない! チョーセンジンじゃない! チョーセンジンじゃない!」
http://live14.2ch.net/test/read.cgi/liveplus/1116070143/
▼【国内】柳美里氏の息子がうなされる「チョーセンジンじゃない!」[05/14]
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1116070612/
▼【国内】柳美里氏の息子がうなされる「チョーセンジンじゃない!」★2[05/14]
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1116080907/
▼【速報】息子「チョーセンジンじゃない!」とうなされる【イジメ?】
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/news/1116074574/
匿名掲示板では、人間の差別意識や蔑視感情や薄汚いデマゴギーがそのままむき出しになりやすい。そのことは上記リンク先でいくらでも確認できるだろう。
・・・そうこうするうち、これら2ちゃんねる上の差別的なコメントに煽られた連中が、当該ブログのコメント欄に激しい嫌がらせ書き込みを開始した。
たとえば、こんなのだ。
>チョーセンジンチョーセンジンチョーセンジンチョーセンジンチョーセ
ンジンチョーセンジンチョーセンジンチョーセンジンチョーセンジンチョ
ーセンジンチョーセンジンチョーセンジンチョーセンジンチョーセンジン
チョーセンジンチョーセンジンチョーセンジンチョーセンジンチョーセン
ジンチョーセンジンチョーセンジンチョーセンジンチョーセンジンチョー
センジンチョーセンジンチョーセンジンチョーセンジンチョーセンジンチ
ョーセンジンチョーセンジンチョーセンジンチョーセンジンチョーセンジ
ンチョーセンジンチョーセンジンチョーセンジンチョーセンジンチョーセ
ンジンチョーセンジンチョーセンジンチョーセンジンチョーセンジンチョ
(長くなるので、以下132行ほど省略する)
・・・現在、ブログの元ページは、そこに書き込まれたコメントごとすべて削除されている。
5月14日の夜、ブログの管理者側が当該ページの記録を抹消したからだ。
・・・「ブログのコメント欄に対する荒らし書き込みをどうするか」について、ベストと思われる方法はない。(1)一切のコメントができないようにすれば、荒らしは完全にシャットアウトされるが、非敵対的あるいは友好的なコメントまで締め出すことになるし、「偶然立ち寄った人の気軽な書き込み」ができなくなるのはさびしい。(2)荒らしをすべて削除する、というのは、多大な労力を要求されることになる。(3)荒らしを一切削除しない、というのは労力でみれば最もラクだが、コメント欄を敵対的なコメントによって埋め尽くされるリスクも負う。友好的なコメントは書き込みにくくなる。
このほかに(0)ブログそのものを削除する、という究極の解決法もある。柳氏のとった解決方法はこれに近い。しかしブログがストレッサーになってしまうくらいなら、いっそやめてしまうのも精神衛生にはいい。まず自分の人生。ブログなんてどうでもいいじゃん(@∀@)
・・・ちなみに本ブログでは荒らしは一切削除せず、そのバカさ加減を末永く保存・記録・分析するという方針である。さらにそのトンマさをチクチクウニウニ指摘して罵倒しつつ笑いものにするという、エンターテインメント的な趣向も取り入れている。俺のように精神的に鈍感な人間には向いていると思うが、繊細な方にはおすすめできない。
・・・さて、俺はとりあえず、荒らし書き込みをした愛国ネチズンたちの国辱的な愚かさを記録しておきたいので、今回の事件に関してメモを残しておこうと思う。こんなふうに。
http://ch.kitaguni.tv/u/8016/%a1%da%b5%ad%cf%bf%a1%db/0000217141.html
http://ch.kitaguni.tv/u/8016/%a1%da%a5%c6%a5%f3%a5%d7%a5%ec%a1%db/0000217111.html
・・・同じブログのコメント欄に、以下のようなやさしい書き込みもたくさんあった。
これもメモしておこう。
黒柳徹子さんの『窓ぎわのトットちゃん』の一節を思い出しました。
マサオちゃんと呼ばれている男の子が、ある日、徹子さん(小学校低学年)の前に仁王立ちになって、いきなり「チョーセンジン!」と言い放ちました。言われた意味がわからず、家に帰ってお母さんに訊くと、「あなたは日本人で、マサオくんは朝鮮という国のひとなの。でも、あなたもマサオくんも同じ、子供なのよ」とお母さんは彼女に話します。「きっと、周りの子たちが、チョーセンジン、チョーセンジンと言ってマサオくんをからかうから、「バーカ!」と同じような悪口だと思っているんでしょうね、きっと……」と。
徹子さんは、今度マサオくんに会ったら「みんな同じ子供!」と言って仲良しになろう、と思ったものの、それ以後彼に会うことはなかった――そんな話でした。
・・・
at 2005年05月11日 00:29
・・・チョッちゃん(黒柳朝)、ナイス教育!
あんたの言葉こそ、この日本の希望だよ。
↓コメント欄の「場外乱闘」もお楽しみください(@∀@)