※これまでのあらすじ
http://d.hatena.ne.jp/claw/20110326#p4
・・・目黒区美術館で開催される予定だった「原爆を視る1945-1970」展は、戦後のさまざまな視覚文化の中で、原爆がどのようにイメージされてきたかをたどる興味ぶかい企画であった。しかし、財団法人「目黒区芸術文化振興財団」は、東北地方の震災や福島原発事故の被害を受けた人々の心情に配慮する・・・などというわけのわからないことを理由に、この展覧会を中止にすると決定した。そこでわたしは「この中止決定は一種の情報規制であり、それこそがいま最も社会的に非難されている行為なのではないか」という観点から、財団に抗議をしてみることにした・・・(←いまここ)
▼いま目黒区美術館に抗議すると、返送されてくるテンプレメール
>お客様各位
>この度は、「原爆を視る1945-1970」展の中止に関しまして、貴重なご意見を賜
り、誠に有難うございます。
>「原爆を視る 1945-1970」展につきましては、東北地方太平洋沖地震による惨
状や、
>東京電力福島原子力発電所事故による深刻な影響を受けている多くの方々の心情
等に配慮いたしまして
>急遽中止することに決定いたしました。>本展を楽しみにしていたお客様には大変ご迷惑をおかけいたしますことをお詫び
申し上げます。>お客様の貴重なご意見を受けまして、本展の今後の実施についての可能性を含
め、美術館事業への向上発展に努力していきたいと思います。
今後とも目黒区美術館を宜しくお願いいたします。財団法人 目黒区芸術文化振興財団
目黒区美術館
・・・この美術館の「中の人」は、自分で何を書いているかわかっているのだろうか?(@∀@)
震災の被害をうけた人に配慮したとしても、それは「原爆イメージ展」をとりやめる理由にはならない。震災と原爆には何の関係もないからだ。中止の理由はもちろん原発事故に関連付けられている。そうでないと論理的におかしい。
財団内部で「原爆イメージ展」を中止しようとした人物(複数かもしれないが)は、だいたいこういうことを考えているはずである。「いま原爆についての映像イメージの展覧会をやったりすれば、財団に対して何らかの抗議をかけてくる人間がいるのではないか。『原発事故が起きている最中に、核爆発の映像の展覧会を開くなんて不謹慎だ(`д′)』とかなんとか・・・」と。いわゆる「不謹慎厨」のことを念頭においているのだろう。だがその懸念はいくつかの点で誤っている。
まず第一に、原発事故による災害は、原爆による被害と同列に扱うことはできない。原発事故、特に現在進行中の事故による被害には、原爆の時のような熱線の被害というのは含まれていないし、何度か爆発は起こっているものの、それは核爆発ではない。原発事故の影響は、原爆被害とはまた異なり、だらだらずるずると放射性物質を垂れ流すところに特徴があるのだから、そもそも異なるイメージを持つできごとなのだ。原発事故の最中だからといって原爆イメージ展にどなりこんでくるようなトンチキな奴が実在するとしたら、「あんたこそ非現実的な思いつきで世間を無用に混乱させるな!帰れ!」と、逆に抗議するべきだろう。
また、いま日本の社会においてもっとも指弾されているのは、原発事故の影響が拡大しているのにもかかわらず、国民に対して必要な情報を開示しない(しているとはみなされていない)東京電力や日本政府の対応だろう。
・・・また、震災や原発事故にともなう各種イベントの「自粛」についても、現在では社会に広く支持されているとは限らない。節電はやむをえないとしても、むしろ「無用な自粛は経済活動を萎縮させて復興や人心にマイナス」という観点の意見も増加しつつある。野球もナイターではないが開始が決まったしね(@∀@)
▼「こんな時こそ普通に」 ロックバンドが弘前市で無料ライブ
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110326/trd11032620030008-n1.htm
▼節電 営業自粛、個人消費も減退
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110324/dst11032421490071-n1.htm
▼東日本大震災:職員歓送迎会、自粛求めない−−別府市長 /大分
http://mainichi.jp/area/oita/news/20110326ddlk44040682000c.html
▼「イベントでエールを」 大震災で蒲島知事 自粛解除呼び掛け
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/233742
▼「過度の自粛慎もう」 東日本大震災で金沢経済同友会
http://www.toyama.hokkoku.co.jp/subpage/K20110324301.htm
・・・だいたい、言い訳をするに事欠いて、地震の被害の話まで持ち出すことは、震災の被害に苦しむ人々の存在を口実に利用するという非道な行為ではないのだろうか?(@∀@)財団内部で意思決定をしている人々は、明らかに冷静な判断ができなくなっているのではないだろうか?
・・・そもそも、そんなに仮想上の「原発と原爆の区別がつかない自粛厨」がこわいのであれば、はじめから「原爆イメージ展」なんか企画するべきではなかったのだ。こんどの原発事故に限らず、原発をめぐる悲惨な、あるいは危険な出来事は今までにも発生してきたではないか。げんに40年以上も原発労働者は被曝をつづけてきたし、「もんじゅ」にいたってはあのザマである。
▼高速炉『もんじゅ』に出た“生殺し”死亡宣告
http://getnews.jp/archives/82554
・・・いったい「いつ」であれば、原爆イメージ展の開催は「完全に不謹慎ではない」ということになるというのか?w
たとえいつ開催しようが、理屈に合わないことを口走る厨房というのは沸いて出てくる。「日本も核武装すべきだから核兵器の恐怖ばかりあおるのはよくない厨」とか、「日本は核アレルギーを払拭すべきだ厨」とか、「朝鮮民主主義人民共和国がノドン何号かを京都へ撃ち込んでくれれば、この社会ももちっとはピリッとするんだろうけどね」と口走る都知事とか・・・(@∀@)そのたびいちいち展示を「自粛」したり「中止」したりするのであれば、そんな美術館は 存 在 価 値 が 見 当 た ら ぬ 。ネットのバーチャル美術館のほうがマシだから、とっとと「仕分け」されてしまえばいいと思うよ?(@∀@)
・・・いま大事なことは、財団に認識を改めてもらうこと、むしろ「原爆イメージ展は、開催するよりも中止する方が深刻な抗議が来る」と認識させることではないだろうか。今後もこういうくだらない「自粛」が頻発し、情報の流通が萎縮してゆくのはウンザリだよね(@∀@)