立川憲法集会
▼今年の立川憲法集会のお知らせです。
大洞俊之 立川自衛隊監視テント村・反戦ビラ弾圧被告
個人サイト http://www.geocities.jp/solea01/2006年 憲法集会
5月3日(水)午後1時〜5時
立川市中央公民館ホール講演:魚住昭さん(フリージャーナリスト) 演題「メディアと権力」
リレー発言 戦争責任と戦後補償 無防備地域宣言運動 岐路に立つ教育現場展示 国民投票法案 米軍再編問題 三多摩各地反戦フォト 写真展イラクの子供達
主催:市民のひろば・憲法の会
・・・趣旨はいいとして、もうちょっと、この、ファミリー路線というか、
柔らかい感じにはできないものだろうか。(@∀@)
せっかくのGWなんだから。
ピースパレード、ピースコンサートというものがあるとするなら、
ピース「公園でひるね」、ピース「広場で弁当持ち寄っておしゃべり」、
ピース大道芸・・・なんかもあっていいんじゃないかな。
▼裁かれた戦争犯罪 イギリスの対日戦犯裁判 林博史著 岩波書店
http://uyotoubatsunin.seesaa.net/article/17242931.html
>植民地民衆の戦争被害にどう対処するのかという問題はアメリカよりもはるかに大きな問題としてイギリスに突きつけられたのである。つまり日本軍によるアジア民衆に対する加害行為と宗主国イギリスの対応という三者の交錯のなかで戦犯裁判は行われた。日本がおこなったアジア太平洋戦争は、日本ーアジアー西欧の三者のなかで歴史的評価がなされる必要がある。その戦争が日本によるアジアへの侵略戦争であったことは明らかである。だが、その侵略戦争が持った意味とその帰結は世界史的な視野のなかで論ぜられる必要がある。本書で日本の戦争犯罪に対するイギリスの戦犯裁判を取り上げることの意義はそうした点にあるのである。
・・・
>これまでの議論の中では、日本と同じ帝国主義国である米英仏蘭などの裁判は、捕虜となった自国の兵士たちの被害を主に取り上げ、植民地民衆の被害をあまり取り上げなかったというイメージが強い。しかし、イギリスがおこなった裁判をみるかぎり、そうした議論やイメージは明らかに訂正されなければならないのである。・・・
・・・たとえば東京裁判ひとつにしても、それはさまざまな勢力による力の均衡状態であって、戦争犯罪の断罪と同時に免罪を含んでいる。イギリスが行った日本の戦争犯罪への対応も、いくつかの異なるロジックを混在させているようだ。
・・・それにしても大日本帝国への「愛国心」を持った人間というのは、「おれたちにできないことをやすやすとやってのける」ものらしいが、「そこにしびれる、あこがれるゥ!!」という気持ちにはとてもなれないね。↓(@∀@)
>イポー郊外のパパンに住んでいたそのユーラシアンの女性は抗日ゲリラに協力していた疑いで、イポーの中央警察署に連行され拷問を受けた。その女性の供述書によると彼女が受けた拷問の種類は、水攻め、指の間に針を刺す、熱した鉄棒を足や背中に押し付ける、平手打ちや拳固を顔に浴びせる、鞭がさけるまで殴る、ひどく痛く腫れ上がるまで胸や足を締め付ける。膝の窪みに鞭の丸い先を押し付けひねる、尋問中くりかえしブーツで蹴る、一本足だけで釣り下げられるなどであった。それにとどまらず情報を吐かせるために彼女の娘を使った。7歳の娘は10から12フィート(3メートル余り)の高さで木から吊るされ、その下で火が燃やされた。その前でその女性は柱にくくりつけられて鞭で打たれた。・・・