その3(終) ぼくの好きな先生がさよならを言いに来てくれた
▼清志郎さん高校担任「そんなに特別な生徒ではなかった」…「ぼくの好きな先生」のモデル
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090503-00000214-sph-ent
>2日午前零時51分に癌(がん)性リンパ管症のため亡くなった歌手の忌野清志郎(本名・栗原清志)さん(享年58歳)の通夜が3日、都内で密葬形式で行われた。
>都立日野高校の3年時の担任で、RCサクセションの初期のヒット曲「僕の好きな先生」のモデルとなった元美術教師の小林晴雄さん(77)も駆け付け、清志郎さんとの思い出を振り返った。
>遺体と対面した小林さんは「おだやかで素に近いような笑顔でした」。今年2月に入院中に見舞ったときは「本人もだいぶ良くなってきたと言ってたんですが」という。忌野さんは高校時代から絵を描くのが好きで、同校のOB展にも毎年のように顔を出していた。
>高校時代の清志郎さんについては「そんなに特別な生徒じゃなかった。問題行動もなかった。ただ出席状況は良くなかったので単位はギリギリ。夜の仕事も始まっていたので、よく昼まで寝てましたなんて言ってたな」。
>72年に「ぼくの−」を発売したときには、レコードを持ってきて「こんなこと歌にして迷惑じゃなかったですか」と恐縮していたという。「優しい子でしたね」と自慢の教え子の死を惜しんでいた。
▼ぼくの好きな先生
▼ビートたけし
>「漫才でデビューした頃、RCサクセションの前座をよくやった。久保講堂のライブはすごくてね。オイラがやってる時は(観客に)相手にされなかった」
>「がんもロックンロールって言ってたから」
http://hochi.yomiuri.co.jp/feature/entertainment/obit/news/20090503-OHT1T00037.htm
▼忌野清志郎さんの訃報に韓国でも追悼の声
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090503-00000029-scn-ent
>日韓交流サイトKJCLUBでも、忌野清志郎さんに対するトピックが作られ、追悼コメントが寄せられた。韓国人ネットユーザーは「彼の歌う『雨上がりの夜空に』が大好きでした。韓国のポータルサイト「ネイバー」にも登録されていたことのある、とても人気のある曲です。訃報を聞いた今日の昼、私のいた場所では雨が降っていました。心よりご冥福をお祈りします」とコメントした。
▼渋谷陽一
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090504-00000002-jct-ent
>「凄くエモーショナルで、センチメンタルな心を持った男だったけれど、同時にハードで前向きな姿勢を常に崩さなかった」
>「後ろ向きのセンチメンタリズムを清志郎は潔しとしなかった。俺をネタにセンチになっているんじゃねえよ、と言われてしまわないようにしないと」