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・・・本宮ひろ志国が燃える』の最終回で、かつて官僚として満州の植民地化を主導した主人公が、『中国残留孤児』の帰国を報じるテレビを前に、言葉もなく涙を流すシーンがあった。
 しかし、彼らの苦しみはまだ終わっていない。
今も全国で『中国残留孤児』(すでに高齢にある人々をこのように呼ぶのはおかしなものだが)に対する国家賠償、あるいは生活保障を求める運動が行われている。そのひとつ、福岡訴訟での事例を紹介しよう。

▼「意見書」 原 告  川内光雄      
@中国残留孤児福岡訴訟HP
http://www.geocities.jp/zanryuufk2004/top.html 「意見陳述」のページ
>私は川内光雄と申します。1938年,私は佐賀県に産まれました。現在66歳です。1944年,私は,国策のため,私の父と母,妹とともに満州へ移住しました。
>1945年8月14日午前11時ころのことでした。ソ連軍が攻めてきたので,上役の命令で,私は母と妹と一緒に,約1500人の人々とともに白城目指して,逃げていました。葛根廟の裏山のところを歩いていたときでした。突然,ソ連軍が現われました。ソ連の戦車隊は私たちめがけて一斉に掃射してきました。私は大きな溝を見つけてその中に飛び込みました。戦車のものすごいエンジン音,自動銃を乱射する音で現場は大混乱でした。飛び込んだ溝の中は泣き声や叫び声でいっぱいでした。その時の恐怖,驚き,悲しみは言葉では言い表せません。
>当時7歳だった私の目の前で,母がソ連兵の銃の乱射を浴び,死にました。この時,私も左肩に銃弾を受けて,真っ赤な血が流れだし,痛さのため気を失いました。この混乱の中で,妹の姿を見失ってしまいました。私は死んだ母の側で一夜を明かしました。私はひとりぼっちになりました。最後にもう1度だけ死んだ母の遺体と拝辞して西に向かいました。途中,盗賊に服をとられ,大きな河を命がけで渡り,荒野をさまよい,最後にもう死ぬと思ったとき,王魁さんに拾われ,王魁さんの息子になりました。
>日本人戦争孤児というだけで,10歳で定住するまで,厳しい身元捜索の中で家にずっと隠れ,実に3回引っ越しをしました。周りの人たちからは,中国語を早く覚えなければ首を斬ると脅され,“小日本”“日本鬼子”と罵られ,嘲笑われ,苦しい辛い日々を過ごしました。
>私は一生懸命勉強し,城内の食料局や銀行に勤務することができました。しかし,いずれも半年くらい勤務した後,身元の関係で免職になりました。その後,私は結婚することができ,子どもももうけましたが,文化大革命の時には日本のスパイと言われ,仕事も自由もなくし,妻と子どもにも惨めな思いをさせてしまいました。
>1975年,私は肉親探しを決意しました。その後方々を訪ね,ようやく1979年10月,私は三男を連れて,故郷の地を踏みしめることができました。私は1年間,佐賀の親戚の家に滞在することができました。しかし,この間,私は本当に許せない思いを2つしました。ひとつは私の戸籍が抹消されていたこと,もう一つは,私自身がすでにお墓に祀られていることでした。本当に屈辱的な思いをしました。戦争が終わって,戸籍が抹消された1959年までの14年間の間に,日本政府は何の調査もせず,残留孤児の引き揚げの努力すらせず,中国に遺棄された私たちを放置したまま,戸籍を抹消したのです。これが日本国憲法をもつ国のすることでしょうか。
>1994年7月,私は念願かなって妻と一緒に日本に帰国しました。5人の子どもたちは連れてくることができませんでした。私は,中国帰国者定着促進センターに入り,その後,自立研修センターに入りましたが,早く自立して中国から子どもたちを呼び寄せたい一心で,途中休学して,海産物会社で働きました。時給700円でした。でも日本語はうまく話せませんでした。その後,私は病気になり,会社からは解雇になりました。そして,現在は生活保護を受けています。いま,最低月額5万円で,身の回りのもの,食費をすべてまかなっています。昨年4月から,国民年金の特例措置として,年間26万5000円近い年金が出るようになりましたが,その分,生活保護から26万5000円が引かれています。



・・・そして今回の大阪地裁判決は、こうした『残留孤児』の現状に対して、次のように判断を下している。

▼中国残留孤児訴訟 原告の請求棄却 国の賠償責任認めず (@毎日新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050706-00000014-maip-soci
大阪府内の中国残留日本人孤児32人が、終戦後も中国に置き去りにされ、帰国後の支援も不十分だとして、1人当たり3300万円の国家賠償を求めた訴訟で、大阪地裁は6日、原告側の請求を棄却した。大鷹一郎裁判長(転勤のため、平林慶一裁判長代読)は「孤児を早期に帰国させる義務違反は認められない。孤児の被害は戦争の損害に属し、補償は立法府の裁量に委ねられており、国に帰国孤児の自立支援義務はない」と国の法的責任を否定した。永住帰国した孤児の約8割にあたる2064人が東京、大阪、札幌、名古屋、福岡など15地裁に提訴した集団訴訟で初めての判決は、孤児の訴えを全面的に退けるものとなった。原告側は控訴する方針。
・・・
>孤児の被害を「戦争犠牲に属し、戦争の損害は国民が等しく受忍しなければならない」と判断し、「戦争損害の補償の政策・立案は行政府の裁量的判断に委ねられており、(帰国孤児への)自立支援義務は負わない」と結論づけた。長期間の支援金支給などを盛り込んだ北朝鮮拉致被害者支援法との比較に関しても「拉致被害者は戦争の損害と同視できない」と退け、国会議員の立法不作為も認めなかった。
・・・
>原告側は、03年12月に提訴した大阪第1次訴訟の原告111人のうち、審理を先行させた59〜76歳の32人(1人死亡し、遺族が訴訟を承継)。終戦時の年齢は大半が10歳未満で、6人が今も身元が判明しておらず、29人が生活保護を受けている。・・・



▼「中国残留孤児問題」
@たびけん歴史辞典
http://www.tabiken.com/history/doc/L/L359L100.HTM
※簡潔なまとめ
▼中国残留孤児の生活保障
@クラークYの一言あり エッセイ
http://www10.ocn.ne.jp/~kiclarky/page046.html

例えば生活支援をするとして、孤児一人につき月額10万円程度年額120万円を追加
支給するとして、国庫負担は2600人に対して年間31億円となる。
この数字の程度を考えてみると、現在中国に対するODAは3000億円のオーダーと聞
いているが、31億円は1%である。すなわち、いろいろな不条理が指摘されている対中
国ODAを数%削るだけでも財源は有り余るほどである。財政に余裕がないというのは
言い訳に近い。
・・・
>例えば原爆の被害者については、その想像を越えた悲惨さの故であろうが、国
は特別に生活支援をしており、国民の反対はない。戦没者遺族に対する金銭的支援も
認められている。
特別な配慮を必要とすると認められれば、生活支援は何ら不自然ではないのである。
・・・

▼中国帰国者の会HP リンク集
http://kikokusha.at.infoseek.co.jp/link.htm
長春日中友好楼に住む、『残留孤児』の養父母救済基金にご協力を!
http://kikokusha.at.infoseek.co.jp/0210youfubokikin.htm
▼中国残留孤児福岡訴訟
http://www.geocities.jp/zanryuufk2004/top.html
▼ 残留孤児問題始まりの地へ/弁護士 糸瀬 美保
@中国残留孤児国家賠償請求京都訴訟http://www.daiichi.gr.jp/problem/2004/itose.html


▼アマゾン検索『中国残留孤児』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/search-handle-form/249-4534805-8137948
▼<中国残留孤児訴訟>「支援策拡充を」日弁連会長が談話(@毎日新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050706-00000112-mai-soci
>中国残留孤児訴訟の大阪地裁判決について、日本弁護士連合会の梶谷剛会長は6日、孤児の支援策拡充を求める談話を発表した。「残留孤児は日本語が十分に使えないことで社会生活上の不利益を受け、多くが生活保護による生計維持を余儀なくされている」として、老後の所得保障などの早期実現を政府や国会に求めている。

「憲法9条で、アタマ悪い『対テロ戦争』をかしこくサボろう
「愛国心とか夢見てんじゃねーよw
 国家は国民を守らない。君の生活とか老後は特に。」
「日の丸・君が代とか強制してると国が滅びますよ!(@∀@) (例)大日本帝国」