・・・東京造形大学の前田朗先生が、http://www.zokei.ac.jp/
授業に安田純平さんをゲストに呼ばれるそうです。メモ。
▼特別ゲスト講演
『囚われのイラク 〜イラク身柄拘束事件を体験して〜』6月16日(木)4時限
4−D教室
講師 安田 純平さん(ジャーナリスト)
昨年4月に立て続けに発生したイラク「人質」事件。
ジャーナリストの安田さんは、渡辺さんとともにイラク取材中に身柄拘束された。
2003年に強引に始められたイラク戦争とは何だったのか。
イラクの人々はどのように考え、暮らしているのか。
なかなか伝わらない現地の様子を伝えるために入国したジャーナリストが
拘束されたり、殺害されている現在、
イラクにどのように向き合うべきなのか。
「人質」体験を踏まえて安田さんからお話いただきます。
安田純平さん 信濃毎日新聞記者を経てフリージャーナリストとなる。2002年3月にアフガニスタン、12月にイラクを取材。2003年2月、再びイラクへ。2004年4月、イラクのファルージャ取材中に武装勢力に拘束される。著書に『囚われのイラク』(現代人文社)、『誰が私を「人質」にしたのか』(PHP研究所)
http://homepage3.nifty.com/jumpei/
・・・で、安田さんのHPを見てみると、
日本人「企業戦士」の戦死に関しての重要な指摘があったのでメモ。
▼電子版安田純平
http://homepage3.nifty.com/jumpei/
▼(ブログ)YASUDA-weblog-JUMPEI
http://jumpeiblog.air-nifty.com/atama/2005/06/post_1f7b.html
>あちこちネットを見ていると、なぜ今回は本人やご家族に批判がないのか、という話が出ている。別に斎藤さんへの批判を引き起こしてもしょうがないのだが、むしろ昨年の人質事件でのバッシング嵐を分析するうえで議論が再燃しているようだ。
>ここでよく言われるのが、弟さんの会見の様子が立派だったから、という見方である。これに対してコメント内容が不自然だった、と受け止める人も逆に多いようだ。しかし、私が疑問に思っているのは、そもそもなんで弟さんが会見なんぞしなければならないのか、という点である。斎藤さんは10年も20年も家族と連絡をとらず、自分の行動と家族を切り離すようにしてきたはずなのに、はるか昔に会って以来という弟さんを引っ張り出してコメントさせるという感覚はなんなのかと思う。私は拘束中にイラク人自警団連中といっしょにテレビを見ていたので、私らの拘束が日本でニュースになっていることは知っていた。もしも斎藤さんが同じようにテレビを見ていて弟さんが会見していることを知ったら、精神的苦痛を覚えたのは間違いない。もちろん、軍人はそういう精神面の訓練もしているのかもしれないが。
>弟さんは最初の会見の際に、「家の周囲が混乱することを避けるために会見する」と言っており、自ら望んで会見したのではないことは明らかだ。当初からあくまで防衛のための会見なのだ。これによって、現代日本では、10年も20年も連絡を取らず、家族も本人がどんな仕事をしているか分からない状況であっても、家族は本人の行動について何かコメントをしなければならず、それが普通だと受け止められていることが改めて明らかになった。「自己の行動によって引き起こされたことのみに責任を負う」という「自己責任の原則」から考えれば、あれほどの軍歴のある斎藤さんであっても自己責任を取らせてもらえなかった、ということがまず言える。また、同様に自分たちの意思による行動で引き起こされた出来事でないにもかかわらずご家族が取材攻勢にあい、会見させられることからみれば、ご家族も「自己責任の原則」を逸脱した要求をされたことになる。昨年話題になった「自己責任論」の特徴の一つはこの「自己責任は取らせない」論であり、そういう意味で、今回も斎藤さんは「自己責任論」の適用を受けていたわけだ。家族が会見することに違和感を覚えない人が「斎藤さんは立派だ」なんて言ったところで本人に自己責任を取らせる気もないわけだから、バカにしてるのか尊敬してるのか意味不明ではないか?
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>ちなみに今回の件、軍事専門家の間では「普通は傭兵はパスポートのような身元の分かるようなものは持っていかないものなのになぜ」と疑問を持たれているようだ。雇い主その他もろもろに影響が出るからだ。ハートセキュリティの方針だったのかもしれないが、身元が分かったことによって合法的民間企業としていろいろ軍事機密まで公開することになったわけで、心理的に“普通”ではない状態にあったのでは、との見方もされている。
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